空白の17分事件に見る現代企業戦略のヒント

現在の企業戦略は「スピードである」と言われて久しいです。特にインターネットの普及で、情報伝達の速度は速く、劣化も激しくなっています。ブームに乗り遅れないようアンテナを張り巡らし、素早くニーズをキャッチする。企業コンサルタントの方々のお題目のひとつです。
しかし実際には、「スピード」だけでは足りません。その象徴のような事件が2004年に起きていました。
「空白の17分事件」です。

ソニーPS2がゲームシェア戦争の勝利を収め、携帯ゲーム機市場にPSPに打って出ようとした時でした。PSPの価格と発売日の発表を15:30に控えた、2004年9月21日のパレスホテル会場。その1時間前に突然任天堂が「NINTENDO DS」を発表したのです。
価格15000円。発売日12/2。発表の仕方は、自社ホームページに報道資料として1枚出しただけ。普通では考えられない発表の仕方です。記者会見を開いて大々的に発表してこそ、インパクトが出て広く知ってもらえるはずなのに。
 
この前代未聞の発表の影響で、ソニービジネスブリーフィングは、開始が17分遅れることになりました。さらにPSPの29800円と予測されていた価格、いつもの通りゴロを合わせた12/3と予測されていた発売日、そのどれも練り直しが必要になったのです。
結果として12/12、19800円(税抜)でPSPは発売されます。しかし予想以上のコスト削減により、製品ラインが確保できず初動販売に失敗。初期不良の多発と言う結果を生み、DSに差をつけられてしまいました。今でこそ、モンスターハンターの売上げで台数を大台の1000万台に届かせようとしていますが、携帯ゲーム機市場の主力がDSであることは、覆せないでしょう。

さてこの事件では、まず「スピード」の下地がありました。任天堂ゲームボーイアドバンスSPを2003年2月14日に発売しており、それから1年半程度しか経っていないのです。新型ゲーム機を年末に投入するのは、製品寿命サイクルからいって可能性は薄い上に、ゲームボーイアドバンスSPの開発期間から見ても、あまりに早いタイミングでした。
ソニーとしてもPSPのライバルは、ゲームボーイアドバンスSPであると想定していたでしょう。CPUの速さは16.38MHzと333MHz。圧倒的な性能差です。価格はゲームボーイアドバンスSPが12,500円。性能差から見ても、29800円はそんなに高い価格ではないでしょう。
もちろんDS発売に関しては、事前に岩田任天堂社長から計画しているというコメントが出てはいました。しかしそれは数年先の話だとソニーだけでなくみんな考えていたはずです。任天堂の予想を超えたスピード展開が、PSPの出鼻を挫いたと言えるでしょう。

そしてスピードだけでは、ここまで強烈なインパクトを対抗企業相手に与えることは出来ません。相手の発表1時間前という絶妙な発表タイミング。情報が相手に届くのに十分な時間がありながら、対抗策を練るには短すぎる時間です。そして記者会見を開かず、自社ホームページでのみという型破りな発表。記者会見をもし設定していたら、おそらく事前になんらかの情報が漏れていたことでしょう。

つまり現代の企業戦略のキーワードは、「スピード」だけでなく「情報秘匿と発表タイミング」なのです。
他社に対して、どのタイミングでどの情報を発表するのか。そしてそのコントロールは漏洩を許さず自社で完全にコントロールする。
匿名掲示板やブログがあるせいで、個人が簡単に情報発信できる現代。企業戦略では、この2つのキーワードを同時に考えていかなければならないのですね。