任天堂法務部 最強列伝

DSソフトのプロテクト解除を行う「マジックコンピュータ」通称「マジコン」の販売会社5社に、任天堂以下54社のソフトメーカーが、販売差し止めの訴訟を起こしました。
「マジコン:違法DSソフト使える機器販売 任天堂など、中国系5社を提訴」
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080730ddm041040070000c.html

今回もこれに至る手際が、素晴らしいです。
まずスクウェアエニックスの新作ソフト「ドラゴンクエストV」で、コピー防止措置を仕掛けます。
スクエニがDS版ドラクエ5にコピーガード 「船が港に着かない」」
http://www.cyzo.com/2008/07/post_772.html

しかしこれを翌日には「マジコン」販売会社がファームアップで対応。
ところがこの行為、「不正競争防止法」第2条第10項の禁止項目「営業上用いられている技術的制限手段の回避機能の提供」に当たります。ちなみに著作権法にも同様の記述があります。(著作権法第30条第2項「技術的保護手段の回避の禁止」)

つまり最初から、コピー防止措置が破られることは想定済みだったのですね。でなければこの短期間に54社も提訴に加わることはないでしょう。
SFC版「マジコン」も同様の状況で販売差し止め請求を行い、認められる判決が出ていますので、裁判での勝利は確定的と言っていい状況です。

ところで使用した人の方はどうなのでしょうか? これには「個人の複製権」の適用範囲が関わってきます。実は著作権法第30条には、「技術的保護手段の回避」が行われた場合には、「個人の複製権」が失われることが書いてあるのです。今回「マジコン」使用が「技術的保護手段の回避」であると裁判で認められた場合、「個人の複製権」を盾に身を守ることはできなくなる可能性があるのですね。おそらく任天堂法務部はその辺りまで睨んで、今回の訴訟を起こしたと思われます。これからの事態の推移に注目しましょう。
 
今回に限らず、任天堂法務部は様々な裁判でその手腕を光らせてきました。
その一端をまとめてみましたので、ご覧ください。
 
ポケモンユンゲラー」裁判(2000年12月)
ポケモンのキャラクター「ユンゲラー」は、自分の権利を侵していると、ユリゲラーに訴えられた件です。最近の事例で有名なものです。が、一部伝わり方が間違ってます。
裁判中、「ポケモンユンゲラーは超能力を使えますが、ユリゲラー氏はこの場で超能力を使えますか?(笑)」という冗句はありましたが、あくまで冗句です。
実際の裁判の争点は、
1 ポケモンナンバー64番「ユンゲラー」は日本でしか著作権を取ってない。またユンゲラーと呼称するポケモンは、日本でしか発売されてない。
2 日本国内向けに、日本国内で販売された製品には、海外の法が適用されない。
3 1、2から、アメリカの連邦法での訴訟は、訴訟要件を満たしてない。
もし日本に来て訴訟を起こせば、それなりの結果が出たかもしれませんでしたが、ユリゲラーはそうはしなかったということです。「ユンゲラー」の使用を、日本国内だけにとどめたのは訴訟の可能性を予見して先手を打っておいたということなんでしょうね。
 
キングコング裁判(1982年)
ドンキーコングが映画「キングコング」の著作権を侵害していると、ユニバーサルから訴えられたケースです。
これに対して任天堂は、ユニバーサル映画を名誉毀損で逆提訴しました。
ユニバーサルの映画は、1976年製作。それより前の1933年にRKOが製作した元祖「キングコング」がありまして、ユニバーサルの映画は、この作品のリメイクです。実はユニバーサルは元祖「キングコング」のリメイク権を獲得していなかったことが法務部の調べでわかり、ユニバーサルは敗訴。160万ドルの損害賠償を任天堂に支払うことになりました。
 
テトリス事件(1989年3月)
セガ任天堂で、テトリスゲーム化の競争が起きました。
セガはアタリ社とその子会社テンゲン社から、権利を取得。一方任天堂ソ連外国貿易協会と、家庭用ゲーム機向けソフト独占販売契約をしました。アタリ社とテンゲン社は、権利を侵害されたとして訴訟を起こします。対して任天堂テンゲンを販売差し止めの逆提訴。全面対決となりました。
実はアタリ社が持っていたテトリスの権利は、いくつもの会社を通して購入したものだったのですが、元をたどるとIBMパソコン互換機用のみの権利だったのですね。任天堂はこれを調べ上げ、アタリ社とテンゲン社は敗訴。販売差し止め請求により、セガテトリスを販売できなくなりました。
 
●振動コントローラ訴訟(2002年)
Immersion社の持つ振動技術に関する訴訟で、マイクロソフトSCEが訴えられた事件です。
その際、任天堂だけ訴えられませんでした。これは簡単な話で、振動技術には2つの軸があって、1つが今回問題となったImmersion社のタッチフィードバック技術。もう1つがアルプス電気のフォースリアクタ技術なのです。任天堂は後者のフォースリアクタ技術を使用しているのですね。
Immersion社はベンチャー企業なのですが、VR技術の特許を取りまくって市場を荒らしているかなり悪名高い会社です。そんなところと関わってしまったソニーマイクロソフトは、ちょっとミスをしたかもしれません。
 
さてこれら任天堂法務部の事件を見渡すと、ある共通点が分かります。
それは徹底的な事前調査です。何か起きそうな所は先回りして対抗手段を取っておく。その技量が半端無いんですね。
なんで京都の花札屋が、ここまでの調査能力を持つに至ったのか不思議なところですが、とにかく訴えられても見事に回避し、訴えるときは勝算が有る場合に限るということです。今回「マジコン」で訴えられた会社、及び同様の技術を売り物にしている会社は、その点良く認識した方がいいでしょう。