ホンダジェットの大戦略 本気でシビックの衝撃を狙うらしい

ついにホンダジェットの日本販売が発表されました。

「日本で販売開始 19年前半、新型小型機」毎日新聞2018年6月6日

https://mainichi.jp/articles/20180606/k00/00e/020/267000c

発表された新型ホンダジェットは、なんと航続距離2,661kmに到達。同クラスのビジネスジェット機がだいたい2000km前後の航続距離ですから、ダントツの数字であります。
この新型発表と、日本販売開始とに合わせて、社長の藤野道格氏がこれからの展望に言及しました。
 

ホンダジェット次世代機はどうなる? ビジネスジェット需要トップ10は半分カバー 」2018年6月10日
今後の機体開発は、どのように考えているのだろうか。HACIの藤野道格社長は、「ホンダジェットビジネスジェットの需要が多いルートのトップ10のうち、半分をカバーしている。次を考えるのであれば、残り50%にどう対応するかだ」と語り、航続距離をさらに伸ばす可能性を示唆した。
http://www.aviationwire.jp/archives/149187

これは凄い。シビックインパクト再びですよ。

ビジネスジェットと言えば、その需要が基本的にセレブに寄っているため、より大きく、より豪華に、より遠くへというのがこれまでの市場のトレンドでした。私もてっきり、ホンダジェットがそういう方向へ進むと思っていましたが、どうやら違っていたようです。
この市場の大転換を迫るやり方は、確かにかつてのシビックを彷彿とさせるものがあります。

 

■全米自動車業界を変えたシビックインパク

アメリカ自動車市場におけるシビックインパクトと言えば、私と同年代か少し上の世代の伝説です。

自動車の普及とともに発生した公害戦争。日本でも大問題になりましたが、当然のことながらアメリカでも大問題になり、いわゆる「マスキー法」が提案されます。

「従来の自動車排気ガスを、1/10にしなければ販売できない」という超強力な規制法案でした。当然のことながら「ビッグ3(ゼネラルモーターズ、フォードモーター、クライスラー)」を始めとする自動車産業は大反発。法案は延期に次ぐ延期で、なかなか制定されません。

そこに登場したのが、画期的エンジンCVCCを引っ提げて殴りこんだホンダ「シビック」です。マスキー法の厳しい基準を、すべてクリア。世界で初めて合格証を貰うことに成功しました。

これがアメリ自動車産業界にどれほどインパクトを与えたか。なにしろ全米の自動車メーカーは、挙って「こんな規制で自動車を製造することは不可能だ!」「アメリカの基幹産業である自動車を潰す気か!」って大ロビー活動を繰り広げていたわけです。

そこに「この規制でも自動車ができますよー」ってホンダがシビック持ってやってきたわけですね。控えめに言わなくても、アメリ自動車産業界は面目丸つぶれです。

この後、日米貿易摩擦などで自動車は真っ先にやり玉になり、日本車をバットでブン殴って壊すパフォーマンスが盛んに行われることになるのですが、絶対シビックインパクトの恨みが根底にあったからだと思います。

ホンダジェットがひたすら航続距離に着目することは、第二のシビックインパクトをもたらすかもしれません。

 

■「みんな最後はキャデラック」というビジネスジェット市場

ビジネスジェット機は、小さいものは乗員が少なく、航続距離も短く、安くなっています。そしてはどんどんデカく、豪華に、高価になっていきます。要するに、かつてのアメリカ自動車市場のような「最後には、みんなキャデラックを欲しがる」みたいな状況です。

しかしホンダジェットが、このまま客室4〜5人、もしくは6〜8人の一回り大きい「Light」というクラスで、ひたすら航続距離を伸ばしていく選択を取るならば、新たなインパクトをもたらすのは間違いありません。

なにしろこれまでの「very light」クラスの航続距離はだいたい2000km。次の 「light」クラスの航続距離は3200kmぐらいなのです。ホンダジェットが5000km、さらには10000kmの大台に乗せてくると大変なことになります。

そして価格帯も1機30億円や50億円という凄まじいものでしたが、ホンダジェットの場合、5000kmで10億円ちょっと。10000kmでも20億円いくかいかないかというレベルを目指しているのではないでしょうか。そうなれば半額どころか1/3、1/5というとんでもない価格破壊を実現することになるのですね。

ただし、小さいです。ホンダジェットは客室の高さが1.5m。日本人の成人男性でも、ほとんどの人が直立できません。海外なら尚更です。
でもいいのです。豪華でスピードが出るかもしれないけど、デカくて高価で燃費が悪いかつてのアメリ自動車産業に、小さいけれど、安くて燃費が良くて壊れない車で切り込んだ、かつての日本車のような構図ができれば勝ちなのです。
ホンダジェットが航続距離にひたすら拘るのは、本気でビジネスジェット市場にシビックインパクトを起こそうとしているからだと思います。

 

■ビジネスチャンスは、日本にも

小さくて、ひたすら航続距離が伸びたビジネスジェット機が登場した場合、日本にも新たな市場が開ける可能性があります。

いわゆる空のタクシーとしての需要です。航続距離5000kmを達成できれば、日本のどこにでも、ほとんど行けるようになります。閑古鳥が鳴いて、閉鎖危機にある地方空港は、ビジネスジェットの「道の駅」ならぬ「空の駅」として、生き残る選択が生まれることになるでしょう。

 

問題は、意識の問題と物理的な問題の2つです。

ANA双日が「ANAビジネスジェット」設立。ホンダジェット活用でビジネスジェットを身近なものに」

HACIの藤野氏は、日本でビジネスジェットが普及しない理由について、大きく2つの理由を挙げた。

1つは、「ビジネスジェットをどう使ったよいのか、使うことのメリット、贅沢品なのではないか、といった感情的な部分が大きい。

もう1つは、「首都圏に機能が集中しており、羽田や成田のスロット(発着枠)の問題がある」という点で、「羽田空港では2017年にビジネスジェットのスロットが8回から16回に増え、(発着申請が競合した場合の)優先度も6位から4位に引き上げられた。地方空港ではホンダジェットはトータル84空港で利用できる。

https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1114084.html

意識的な問題は、今後「ビジネスジェットのタクシー化」を進めていく中で、長い期間かけて解決していくしかないでしょう。

でも物理的な問題は、それこそ物理的解決が必要と思われます。特に首都圏は、藤野社長が指摘している通り、羽田空港も成田空港も超過密空港で、新たにビジネスジェットを受け入れるのが、非常に困難になっています。ようやっと発着優先度が4位なったそうですが、それでも4位だと待たされたり、最悪着陸を拒否されることもあるでしょう。それではビジネスジェットの利便性を真っ向から否定することになります。

つまり、首都圏に関しては、ビジネスジェット専用飛行場の設置を、考えていく必要があるのではないでしょうか。

とはいえ、今から首都圏に新たな空港を作るのは、金銭的にも時間的にも難しいに決まっています。なので、既存の空港に活用して実現させる方法を提案します。

 

■候補は2か所しかない首都圏新規空港

既存の空港の活用とは、要するに茨城空港のように、自衛隊の飛行場に相乗りするということです。それでも首都圏の地図を見渡せば、たった二か所しか候補地はありませんが。

1 陸上自衛隊 木更津飛行場(滑走路1,830m 1本)
 陸上自衛隊のヘリ基地ですが、1800mの滑走路があります。2010年の談合事件で基地から駐屯地に格下げされました。現在オスプレイのメンテナンス基地として、注目されています。
木更津空港のメリットは、まず東京湾に飛び出しているため、拡張も縮小もそれほど問題にならないことです。

そして、近くに東京湾アクアラインがあり、首都圏への交通の便がいいこと。さらに、市の担当者が発着回数を見てびっくりしているように、オスプレイの整備工場が設けられるまで、大きな反対運動がなかったことです。

「まさか こんなに米軍機/木更津の陸上自衛隊飛行場 着陸1113回」朝日新聞2016/03/21

市も米軍機の使用実態を同省北関東防衛局で確認した。担当者は「米軍機が来ていることは知っていたが、こんなに離着陸を繰り返していたとは…。飛行場が海に面しているから気付かなかったのだろうか」と話している。

デメリットとしては、ヘリ基地であるため、挙動が航空機のものと違い過ぎて相乗りが難しいこと。米軍との共用であり、オスプレイの整備工場でもあるため、民間利用が難しいことです。

場所や環境はいいのですが、それ以外の面が難し過ぎるので、ちょっと現実的ではないかなと思います。

 

2 海上自衛隊 下総航空基地(滑走路2,250m 1本)

なぜか海上自衛隊の教育航空群が、こんな内陸に設置されています。教練が主用務という、自衛隊の中でも珍しい基地です。
この下総飛行場のメリットは、なんと言っても2250mもある滑走路です。まずどんなビジネスジェットも離着陸できますし、三菱重工が開発しているMRJも離陸できます。と言う事は、海外から直接乗り入れるようなニーズも受け入れ可能ということです。

またかなり敷地が広いので、民間用誘導路を設置して、自衛隊との区分けも可能です。地元住民との摩擦も特にありません。

デメリットは、周りに高規格道路が全くないほど交通の便が悪いことです。電車(北総線)はありますが、ビジネスジェットの利用者に「ここから先は電車で行け」と言うのも難しいというか、本末転倒でしょう。

ただ、状況は変わりつつあります。それが「北千葉道路」の事業化です。

現在完成度は6割強といったところですが、成田空港から外環道に接続するこの道路が開通すれば、下総航空基地の重要性は激増することは間違いありません。なにしろ首都圏から40分程度で行ける飛行場になるのです。自衛隊の教練に使うだけでは勿体無い、という話が出てくるのも当然だと思います。

しかも成田空港と直に繋がっていますから、海外から成田空港にやってきて、今度は下総飛行場から国内用ビジネスジェットで日本各地へ飛んでいく、といった新たな空のルートを創出することが可能になります。個人的には、下総航空基地の民間共用を提案します。
 
■ひょっとしたら世界の航空法も変えるかもしれないホンダジェット
実はアメリカの航空法を筆頭に、飛行機の最大離陸重量で、パイロットの数が決まっています。今まではそれで困らなかったのですが、ホンダジェットのように小さいまま航続距離が伸びてしまうと、どうしても2人のパイロットが必要になります。だって、4時間、5時間飛べるジェット機が出しまうかもしれないわけですから。「自動運転しておけば、1人でも飛んだまま仮眠取って操縦して良いよ」なんて認められない限り、途中で休憩を入れる必要が出てきます。
自動車なら最悪、路肩に止めて一休みすればいいのですが、ジェット機はそうはいきません。重量ではなく、飛行距離でパイロットの人数を変えるようにするか、時間制限を設けて基準以上の飛行には二人のパイロットが必要にするか。とにかく、世界の航空法が変わる可能性があるのです。
ちなみに日本の航空法も、「構造上、その操縦のために二人を要するもの」と、飛行機の構造でパイロットの数を定めており、やっぱり何らかの変更が必要になりそうです。
シビックインパクトならぬ、ホンダジェットインパクトが世界の航空法を変えるのか。これからのホンダジェットの未来に期待しています。