任天堂法務部その後の戦歴は?

次から次へと訴えが続くゲーム機3社。中でもWiiがヒットしてから特に任天堂への訴訟が増えています。
しかも訴訟の内容は以前まとめた「任天堂法務部 最強列伝」の頃とは、少し変わってきています。
ここ何年かに報道された任天堂の訴訟についてまとめてみましたので、ご覧ください。

○2006年12月12日「トリガー操作による電子装置の特許侵害」Interlink Electronics社
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20338453,00.htm
2007年3月 原告取り下げ
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20350980,00.htm


○2007年1月11日「低電圧ジョイスティックポートインターフェース特許侵害」Fenner Investments社
http://www.inside-games.jp/news/198/19861.html
2009年3月18日任天堂勝訴
http://www.inside-games.jp/news/342/34226.html


○2007年1月「DVDビデオの再生における、ペアレンタルコントロール技術に関する特許侵害」Guardian Media Technologies社
2009年6月13日任天堂勝訴
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20394872,00.htm


○2008年8月21日「携帯型の3次元ポインティング装置の特許侵害」Hillcrest Laboratories社
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20379034,00.htm
2009年8月28日任天堂、特許侵害の責任を認めず和解
http://japan.gamespot.com/news/story/0,3800076565,20399032,00.htm


○2007年6月15日「半導体素子における高キャパシタンス構造」Lonestar Inventions社
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20350980,00.htm
係争中


○2008年1月15日「ハンドヘルドコンピュータ入力器具および方法」Copper Innovations Group社
http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2549
係争中


○2006年8月4日「振動機能を持つ3次元コントローラの特許侵害」Anascape社
http://www.inside-games.jp/article/2008/07/23/30404.html
1審敗訴

相変わらず見事な戦歴です。最後のAnascape社だけは1審で敗訴し、約22億円の支払命令が出されました。このAnascape社含め、任天堂と訴訟している会社とは、いったいどんな会社なのでしょうか?



〜勃発した『特許ゴロ』との戦い〜

パテントトロール』という言葉があります。もしくは「特許アリゲーター」。意訳すると『特許ゴロ』。ベンチャー企業などが持つ特許を買い捲り、同じ技術で製品を販売している会社に対して、特許使用料の請求や、いきなり訴訟を起こす企業のことをこう呼びます。これらの『特許ゴロ』の特徴は、自らはその技術の研究や、製品の販売を行わないことです。だから訴訟に失敗しても、業界にいられなくなるということがありません。クロスライセンスで互いに利益をもたらす選択肢もありません。まるで寄生虫のような存在です。
このような『特許ゴロ』の発祥は、1986年に遡ります。全く無名の情報技術企業「テクサーチ」社が、経営悪化に乗じてインターナショナル・メタ・システムズ社を買収したのです。そして2年後の1988年。いきなり半導体の雄インテル社相手に訴訟を起こしました。理由は縮小命令セット「RISC」チップ技術の「ペンティアム」への盗用。そうあのペンティアムです。要求額は5億ドル。日本円で470億円ですからとんでもない話です。
インテル側の弁護士ピーター・デトキン氏は、裁判の中で「他人が汗水流して稼いだカネを飲み込もうとする特許強盗だ」と非難しました。これをテクサーチ社が名誉棄損で提訴。デトキン弁護士は「特許強盗」という言葉を取り消し、「パテント・トロール(特許の怪物)」と呼んだのです。
裁判はその後、1990年にテクサーチの敗訴となりましたが、以後この言葉は、自社製品を持たずに、特許紛争だけで利益を稼ぐ会社に対する、揶揄の意味を込めた言葉として知られるようになりました。


任天堂が1審で敗訴したAnascape社や、ソニーが振動技術で負けたイメーション社は、実はこうした会社なのですね。
特にアナスケープ社は用意周到な会社です。最初からターゲットとする企業に近い分野に、集中的に特許出願し、権利行使のタイミングを見計らっているのです。

知財ジャーナル」特許を視るvol.18――なぜ任天堂Wiiが特許訴訟のターゲットに狙われるのか?
分析の結果、類似特許300件は、19の特許群に分類された(図1)。このうち[1] [2] [6] [7]の特許群はすべてアナスケープの特許で占められている。
http://www.ipnext.jp/journal/kachi/nintendo_3.html

技術には、基礎技術、そこから派生した派生技術とそれぞれ特許があります。上記サイトで、「振動機能を持つ3次元コントローラ」に関する特許取得構造を調べていますが、基礎技術も派生技術もアナスケープ社にがっちり抑えられています。アメリカは図面さえ出せば、アイデアだけで特許を取れてしまいますから、実用化にやっと目処がついて、ようやく特許出願などということやっていたら、とっくに特許ゴロに類似特許を取られていたなんてことが起きるのですね。
もちろんこのような特許ゴロの存在は、アメリカでも問題視されてきています。しかし現状では、特許ゴロと戦う有効な手段はありません。



〜特許を軽視して、逆に食われる韓国〜
コピー品や海賊版が横行して、ゲーム産業がネットゲームしか育たない韓国と中国。今、特許ゴロたちにその隙を突かれています。

「《知財》売られる韓国特許、技術評価の低さあだに[経済]」
2004年から08年まで、サムスン電子が特許アグリゲーターから受けた特許訴訟は計38件で、世界の主要メーカー中1位となっている。LG電子は29件で6位。LGの関係者は「メーカー同士の争いなら相手の製品の特許侵害を取り上げて対抗できるが、(実製品はなく特許権のみ保有する)彼らには通じない」と、とまどいを隠せない。
韓国が、特許アグリゲーターによる多くの特許買い取りを許している一因は、特許への認識の低さにもある。
KAISTの関係者は「価値が約5億ウォンの特許を、企業は2,000万ウォンで買おうとする」と不満を漏らす。企業による、韓国技術に対する評価の低さが、技術流出を招いているとの指摘だ。
http://news.nna.jp/free/news/20090721krw002A.html

大学の研究段階で青田買いされ、その技術でサムスン電子LG電子が莫大な使用料を要求された、ということのようです。警告を発しようにも特許に対する認識が甘く、まるで効果が上がっていない様が見て取れます。まぁこれまでの状況を見るに、さもありなんと言うところですが。
上記の記事で出てくるインテレクチュアル・ベンチャーズ(IV)社は、マイクロソフト社とインテル社が出資しています。Windowsのコピー製品に悩まされてきたマイクロソフトにしてみれば、こんな形で損益を回収しているとすると、凄い戦略勝ちということになりますね。
ただし、意思疎通のズレからくる誤解というIV社の主張もあるようです。

「韓国で強烈 「トロール」たたき」
この件に関し、IV社のネイサン・ミアボルドCEO(最高経営責任者)に問い合わせると「われわれは世界中のどの企業とでも、その内密な交渉内容を明かすことはしない。ただ韓国内の報道とは逆の内容になるが、韓国企業を訴えてはいない。法的措置が今後不要になるよう、話し合いを続けているところだ」という回答だった。
http://www.business-i.jp/news/for-page/chizai/200908100001o.nwc

IV社の活動は、日本を含めて世界各国に及び、以下のような記事もあります。

「日本の9大学が特許を丸投げ! 「インテレクチュアル・ベンチャーズ」の正体」
http://diamond.jp/feature/patentwars/10001

研究レベルのアイデアに出資し、さらに特許申請の費用や手間ヒマを肩代わりする代わりに、特許は共同申請にする。その特許が利益を出したら、50%ずつ利益を得ると言う形で、世界中から特許をかき集めているわけですね。一見非常に社会的意義のある企業活動に見えますが、少し間違うとすぐに『特許ゴロ』に変貌する危険も兼ねている企業と言えそうです。




任天堂法務部の最新特許戦略〜
さて有効打のない特許ゴロ対策ですが、訴訟が起こされるのを黙って待ってるわけには行きません。2008年08月01日には、こんな記事がありました。

任天堂、ゲーム機にホログラフィックストレージ採用か」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0808/01/news072.html

その容量は実に1.6テラバイト。ブルーレイディスクが約50GBですから、その数十倍にもなります。しかし、まだまだこの技術は実現への道が険しいようで、2008年5月に発売予定と報道されたりもしましたが、延期したまま今に至ります。
それでも任天堂との共同で出した基礎技術の特許は生きています。まだ実現の道に遠い基礎技術にお金を出して、特許を共同申請。ん? 前述の事例にちょっと似てませんか?
おそらく任天堂法務部の判断は、「『特許ゴロ』の先を行け」だったのだと思います。
日本の企業は知財の運用に関して、アメリカより数段遅れています。海外の特許ゴロたちのターゲットにされる前に、今後は任天堂のように一歩先を行く対策が必要になってくるのかもしれません。